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処世術 [社会]

処世術と云うほど立派なものではないけれど、生きる指針のようなものは大体学校で身に付けた。教わったコトで今役に立っていることはハナクソほどもないけれど、教師達のお陰で人に期待するコトの虚しさを知り、絶望的な退屈にも耐え得る強靭な精神力を手に入れた。そもそも人を信じていないから誰かに裏切られて深く傷ついたりしないし、騙されて悔しい思いをすることもない。少し寂しい気もするが、そんな大人になった。
今、履修単位の不足と並んでイジメに因る自殺のニュースが話題になっているけれど、イジメにあう人は僕みたいなのとは正反対のタイプが多いのだと思う。親、学校、教師、同級生に対して大きな期待を寄せる素直な子供だ。イジメる側はその期待を知っていて、敢えてそれを裏切り失望の淵に沈んでいく彼の様を嘲笑うワケだ。先日の繰り返しになるけれど、子供は自分の弱さを知っている。故に自分より弱い者を見つけ出す嗅覚は敏感だ。彼のウィークポイントを的確に捉え容赦なく追い込む。大人になるに連れてその嗅覚が一銭の価値も無いことに気が付き、力のある者を探し彼に付き従うことに意味を見出すようになるワケだが、なんとも在り来たりでつまらないサイクルだ。

自らに向けられる期待(プレッシャー)と、自分が周りにかける期待(希望)をうまく調整し、現実とのギャップに折り合いを付けていくことは非常に難しい。そんなモノを小さな背中に負わされた子供達が教室に押し込められて、ツマラナイ教師と顔を向き合わせて退屈な時間を過ごしている。何も起きない方が不自然なんじゃないだろうか。
そもそも、イジメやら何やらのトラブルに耐え忍び、それを乗り越えてまで通う価値が果たして学校にあるか?甚だ疑問だ。


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